大量生産・大量消費を続けることからサスティナブルに意識を向けて、一人一人がライフスタイルを変えていくとき。

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私たちは、毎日少なからずゴミを出して生活をしています。そのゴミの量は、平均1人あたり約1キロあります。たった1キロか?1キロも!でしょうか?毎日、出される燃えるゴミは、焼却場に運ばれますが、集まったゴミの量は、大阪では、あべのハルカス1.5個分が全てゴミで埋まるほどです。東京では、50階建ての高層ビル4個分がゴミの量です。365日、毎日それだけの量がゴミとして出されています。日本全体で考えると恐ろしい量のゴミが毎日出されています。
日本は、世界でもトップクラスのゴミ排出国なのです。ゴミ焼却所の数は、1,180施設で、ダントツ1番。2位のアメリカで168施設です。世界のゴミ焼却場の3分の2が日本にあります。
ゴミの最終処分場の数も世界一です。山を地下深く掘りゴミの山を作ります。有害物質が沁み出ないようにコンクリートを底に流し込みますが、コンクリートは、50年も経てば劣化し始めますし、地震で亀裂が入る可能性もあります。沁み出した有害物質は、地中入り地下水と混ざり、地上に湧き出てきます。 日本は、47都道府県ありますので、平均して各都道府県に25施設あることになります。
少ないと感じますか?多いと感じますか?
私たちは、大量生産、大量消費の暮らしをしていることを感じ取れる数字だと思います。
アメリカや中国は、ゴミを出していないのかというとゴミを出しています。アメリカの焼却炉は日本の8倍の処理能力があったり、中国は焼却せずに埋立て処理が多かったりするので「世界NO.1の焼却場数=世界NO.1のゴミ排出国」とは一概に言えませんがただ、環境省発表のデータによると、日本人一人あたりが1年間に排出するゴミの量は320kg1日あたり一人1kgで、やはりゴミ排出量は世界トップクラスです。 

日本は、ゴミ=燃やすが定着しています。

海外では、ゴミ=燃やすではなく、リユース・リサイクルの次に燃やすや処分するの選択があります。

世界では、3R・5Rが生活の中に根付いています。

3R
リデュースとは、
物を大切に使い、ごみを減らすことです。 
必要ない物は買わない、もらわない 買い物にはマイバッグを持参する 

リユースとは、
使える物は、繰り返し使うことです。 
詰め替え用の製品を選ぶ いらなくなった物を譲り合う 

リサイクルとは、
ごみを資源として再び利用することです。 
ごみを正しく分別する ごみを再生して作られた製品を利用する

5RとはRefuse(リフューズ)とRepair(リペア)の2つを加えたものになります。


Refuse(リフューズ)とは、

ごみの元になるものを買ったり貰ったりしないことで、ごみを減らすという取り組みです。マイタンブラーを使用して使い捨て容器をもらわないなどの行動が該当します。


Repair(リペア)は、

ものが壊れた時に修理して、できるだけ長く使うことを指します。
服、革靴などは、修理も簡単で長く手元に置くことができますし、アップサイクルもできます。
また、古くなったり壊れたりした家具をリメイクするなどの行動も、ごみを減らす上では重要です。


でも、この3R・5Rは、元々、日本人は、得意中の得意で、生活の中で当たり前のように培ってきました。1970年代までは。そして、日本は、昔から100年先、200年先でも使える物づくり、先々の人々が大地の恵みや食の恵みを変わらず受けれるように、自然を大切にし、菌の働き大切にし、食の大切を受け継いできました。

ここで少し、私の幼少期のお話をしたいと思います。
私は、福岡県の二日市という町で育ちました。子供の頃は、個々の商店が集まる商店街に人は集まり、買い物をしていました。両親が二日市商店街で商売をしていましたので、よく商店街でも遊んでいました。
買い物カゴを持参し、八百屋さん、魚屋さん、お肉屋さん、漬物屋さんとそれぞれのお店で、必要なものを買います。
商品を包むのは、新聞紙や再生紙、杉の木がよく使われていました。店員さんは、新聞紙でくるくる包んで、はいお待ち!お勘定は、年期の入った木のそろばん。レジは、天井から吊り下げられたカゴでした。熊本や佐賀、大分からも、行商さんが、アサリや魚の干物、お漬物、野菜をリヤカーで引っ張って販売していました。
余談ですが、あの頃のシャケは、ビックリするほどの塩辛さで、切り身を一人で食べれないくらいでした。塩を効かせて、腐らないようしていたんですね。主婦の方は、各お店で、食べ方や調理方法、保存方法を学んで、買い物をしていました。まぁ、よく話しをしていましたね。コミュニケーションは、今の何倍もあったと思います。

その後、郊外に大きなスーパーができ始めてからは、個々のお店が少なくなり、行商さんも来なくなりました。今では、二日市商店街は、数件の店が残っているだけの通りとなりました。スーパーで買いものをする時代になってからは、魚は、氷の上ではなく、プラスティック製のトレーの上に乗り切り身になって売られるようになりました。お肉もお漬物も同じくです。野菜は、服を着たようにフィルムで包まれています。
一つの食べ物にたくさんのプラスティックやビニールが使われ、それを何重にも重ねて家まで持ち帰ることが当たり前になっています。清潔感を第一に考え、食の安全性は、食中毒にかからないように、防腐剤や食品添加物をお肉や魚、有りとあらゆる食べ物に振りかけます。
まだ、食べれるか食べれないかは、五感ではなく、賞味期限で判断するのが当たり前になっています。
フードロスが世界一なのも日本です。
海外の人が日本のスーパーで、びっくりする程です。更に、デパートなどお菓子を買った時のラッピングには、アンビリバボー・オーマイガーっと、連呼するほどです。飲料水やお酒、醤油は、ビンで売られていましたが、重たいからアルミやペットボトルの容器に変わりました。昔は、瓶を酒屋さんに持って行くと瓶代として、5円10円が貰えていました。
それをお小遣いにしていいよって、言われた方もおられるのでは。
私のひいおばあちゃんは、明治生まれで普段から着物や浴衣を着ていました。
畑に行くときは、着物の上からモンペを着ていました。肌着は、おこしや湯巻をつけていました。履物は、草履でした。
日本人が洋服や下着をつけるようになったのは、昭和初期からですから、まだ100年くらいの歴史です。それまでの日本は、何百年も流行に左右されず、サイズ感も調整できる着物を着てきました。そして、母から子へと受け継がれてきたのです。
家は、大きな大黒柱を中心に造られ、壁は、土壁で、湿度が高くても土が湿気を吸収し、カビが生えづらい工夫がされ、家そのものが呼吸できるつくりになっており、大きな地震が来ても土壁が落ちるように創られていました。壊れた土壁は、塗り直せば元に戻ります。
春夏秋冬がある日本で、住み続けられる知恵と工夫が詰まっていたのです。
母が育った家は、築180年で熊本地震で被災しました。全壊でしたが、柱は全て残りました。
建て替えを選択されましたが、復元することも可能であったとのことです。。
日本には、数百年前、数千年前から変わらず今もある建物があります。
それは、神社仏閣です。釘を一本も使うことなく木と土で創られています。具合の悪い箇所は、定期的に直してきました。
数百年前の物が今でも直せることが凄いことです。直し使い続けれるように当時の匠は設計されていたのです。
そして、土に還るもので創られています。
今の家は、築何年持つのでしょう?何世代先まで、受け継ぐことはできるでしょうか?
高度成長期以来、日本は、長く丈夫に使えるものづくりから、短く便利に使える物づくり変わったと思います。
大型家電製品は、5年から10年以内に買い替えに。スマホは、2年から3年で買い替えに。
家電商品で、長く丈夫に使える商品の最後の物になったのは、何でしょうか?私が思うに、今も奥さんの実家で、50年以上活躍している黒電話だと思います。シンプルで丈夫、色褪せなどの劣化もしていません。

このように日本は、5Rさながらの暮らしであったのではないでしょうか。過去に戻ることはできませんが、昔の良いところを現代にも取り入れることは出来ると感じます。
それは、私たち消費者一人一人が現状を知り、意識を変えること、物を買うときに3R・5Rに繋がる物をチョイスして買うなど、楽しく取り組むことから始めていきましょう。地球Laboの事業の一つに、新しい都市型農業『AgriPoucher®』の普及をさせていただいております。
都市で、安心元氣やさいを育てることに加え、現在は更に持続可能なライフスタイルの提案ができる商品を、ただ今開発中です。
これからもサスティナブルに生きる人々の暮らしを支える企業になれるよう日々邁進してまいりますので、今後とも応援よろしくお願いいたします。

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