バランスを取ろう

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太陽と月・光と影・昼と夜・火と水・男性と女性・善と悪…

物事は陰陽のバランスでできていて、表があれば裏があるというように表裏一体の状態で存在します。

影は光があるから生まれ、美しさは醜さがあるために気づくことができるように、どちらか片方のみでは存在しません。

「万物負陰而抱陽、沖気以為和」

(万物は陰を負いて陽を抱き、沖気以て和を為す)

これは老子の言葉です。

あらゆるものは陰と陽の両面を抱きかかえており、それらを中和する気によって調和されているーという意味です。

そして、その陰と陽のバランスが取れた中庸の状態を保つことが大切。

この考え方は古来から、陰陽説として健康面でも取り入れられてきました。

このバランスが崩れてしまっていることが、心と体の健康を崩すと考えられているのです。

もし、そのバランスが崩れているなら整えることを意識しましょう。

以下のいくつの項目が当てはまるでしょうか?

・自分は寒がりだ          ・やる気が出ない

・顔色が優れない          ・風邪を引きやすい

・イライラして落ち着かない     ・疲れやすい

・よく喋り、声が高い        ・冷たい飲み物や食べ物が好き

・熱い飲み物や食べ物が好き     ・以前に比べて体力が落ちた

・喉が乾くことが少ない       ・尿の色が薄い

・手足が冷えやすい         ・尿の量、回数が多い

・舌の色が赤い・乾いた黄色である  ・口数が少ない

・寝つきが悪い           ・声が低い、細い

・熟睡した感じが少ない       ・食欲がない

これらの項目が0〜9個当てはまる方は陽体質、11〜20個当てはまる方は陰体質、ちょうど10個の方は中庸なのでその状態がベストとなり、陽体質の方は陰のものを取り入れ、陰体質の方は陽のものを取り入れて、中庸に近づけることが健康体であるという考え方になります。

主に細胞や血管、臓器を緩めるもの、体を冷やす作用のあるもの、カリウムの多いものは陰性の食べ物で、逆に、細胞や血管を締めるもの、体を温める作用があるもの、ナトリウムが多いものは陽性の食べ物になります。

穀物は中庸(ただし、小麦は陰に近く、とうもろこしは陰)、青菜類は陰性、梅干しや胡麻は陽性です。

塩は陽になりますが、同じ塩でも精製塩は血液を汚してしまうと考えられています。

同じナトリウムでも、天然塩が身体に負担が少ないということになりますね。

また、精製された砂糖や加工食品は極陰となりますが、反対に極陽の物もあります。

黒焼き療法は科学的には証明されていないものの、炭にすることによって陽の力を高め、さまざまな場面で使われてきました。玄米の黒焼き、昆布の黒焼き、梅干しの黒焼き、鰻の黒焼き、茄子の黒焼きなど他にもたくさんありますが、これらは極陽のものです。

現代の生活は、農薬や食品添加物、化学物質が溢れて陰の要素が大変多いため、たくさんの方がバランスを崩しがちで、中庸の状態から遠ざかってしまっていると考えられます。

もしもの時のために、いろいろな「黒焼き」を常備しておくと良いですね。

心のバランス

体がバランスを失いやすい今、心もバランスを崩してしまいがちかも知れません。

食べ物だけに限らず、考え方や生き方もやはりバランスが大切だと最近よく感じます。

例えば、正しさについて考えた時「善と悪」は歴史や立場、解釈の仕方によって形を変えます。

これまで起きたさまざまな争い。

本能寺の変を起こした明智光秀は世紀の裏切りで主君の織田信長を討ちましたが、光秀には光秀の正義がありました。

明治維新の時にも、幕府側と倒幕側にはそれぞれの正義がありました。

正義を語る時には、いつでも悪がいます。

善悪も表裏一体。起きている事実を多面的に捉えて、そのもの全体を一つのものとして受け入れることと、そこからバランスを保つことこそが重要だと思います。

『一枚の葉にとらわれては木は見えん。一本の樹にとらわれては森は見えん。どこにも心を留めず、見るともなく全体を見る。それがどうやら…「見る」ということだ』

漫画『バガボンド』の中で沢庵和尚が宮本武蔵に話しています。

一点にとらわれ過ぎずに、俯瞰して全体像をとらえればバランスは取りやすく、実は身動きも取りやすいのだと思います。

インターネットの普及により、情報のプラットホームはテレビからインターネットに移行していきました。ところが、2019年末ごろの新型コロナウィルスの発生と拡大とともに、まだまだテレビが情報発信源として大きな力を持っていることに気付かされたとともに、今度はありふれた情報の中から何を信じ、どのように取捨選択していくかが生き方そのものを大きく変えていく時代になったんだと、この2年でより強く感じるようになってきました。

ある特定のことに対して正義という名の大義名分の元に、選択肢を与えずに、或いは、選択肢があることを気づかせないように、一つの価値観でまとめ上げようとしている風潮ができあがってきています。

「これこそが正しい。他は間違っている」「デマに騙されないで」「トンデモ論」という論調で構成された番組や新聞、ネットニュースは、バランスが悪い情報を流し、中庸の状態からは遠ざかっているどころか、考えることや感じることに麻痺した社会を作り上げてしまっているように感じてなりません。

果たして、この流れはどこに向かうのでしょうか。

便利なものと情報で溢れ、価値観が多様化しているこの時代に逆行しているような感覚に陥る時さえあります。

自分軸を持つこと

人は必ず死にます。必ずです。誰もこの運命を逃れることはできません。

だからこそ、そして、こんな時代にこそ、どう生きたいかを明確にしていくことが大切なんだと思います。

とは言っても、その自分を押し付けず、まずは相手を受け入れる姿勢でありたいものです。

そうすることで、おぼろげであっても全体が見えて、方向性が見えて来る。

自分の軸がきちんと育っていれば、ぶれることはありません。そして、何より楽に生きれます。

自分が発信する価値観と同じ方向性の人が集まれば、それはとっても居心地の良いコミュニティになるはずです。

もちろん、その中でも小さな違いはあるでしょうが、自分と違う存在を自分の色に染めようとすることは、抵抗を生みます。

そんな中にも、常に柔軟性を併せ持ち、違いを認め合って、やはりバランスの良い状態でいたいなと思います。

人付き合いや精神状態に中庸という考え方を取り入れるのはなかなか難しいことかも知れません。

このようなことを書いている時点で、見方によっては扇動しようとしているようにもとらえられますから(笑)

多くの出会いと価値観との触れ合いは、人生を豊かにしてくれます。

他の価値観と触れ合った時に、自分が自分に戻れる状態であることが中庸なのかも知れませんね。

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