18年の間に学んだこと

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18年前の2003年1月18日、起業セミナーを受けるために、私は福島県の郡山市にいました。

地元のいわき市から車で1時間半〜2時間程の距離。

グァテマラから帰国して2年目。

帰国後は何か大きなことをしたいと漠然と思っていたので、セミナーに参加しながら、これからの事を考えてとてもワクワクしていました。

参加している人達と自己紹介を済ませ、ちょうど休憩時間だったときに、急な母親から電話に出たものの、電話口から聞こえてくるのは明らかにまともではない母の声。

全く会話にならず、急に電話越しの人が代わったと思ったら「お父さんが大変だから今すぐ〇〇病院まで来てください!」と言われました。  

母と電話を代わったのは病院の看護師だったのです。

ただならぬ空気を感じて、事情を伝え、私は会場を後にしました。

何が起きたのか…とても気持ちがざわついて落ち着かず、車を運転している中で、今度は弟からの電話。

「お父さん死んじゃった」

この一言を聞いてから、病院に辿り着くまでの記憶が全く残っていません。

風邪を引いた父はかかりつけの町医者で注射を打って心室細動を起こし、アナフィラキシーショックで亡くなりました。

注射を打ってから息を引き取るまで、たったの2分しか時間がなかったことが後から分かりました。

病院に着いて、真っ直ぐに霊安室に通され、何だか一気にありとあらゆるものが崩れ去ったような感覚になり、父が死んだのは本当のことだったんだと、容赦なく突きつけられました。

とても立っていることが出来ない母親とその場に泣き崩れる弟達。

まさに、青天の霹靂。

どれだけ拒んでも拒んでも、動かない、動かしようがない現実に追い打ちをかけるように、淡々と、父はこのまま司法解剖のために別の病院に移送されると聞かされました。

それから数日後に父はようやく家に帰ってきました。

そして、そこで新たな衝撃を受けることになります。

父は頭から全身を包帯でぐるぐる巻にされ、とても乱雑に棺桶に入れられていたのです。

後から火葬場ではっきりと分かったんですが、父は頭までも開かれていました。

解剖医学のことは全く分かりませんし、知ったところでどうにもならないことですが、たった1本の注射で、こんなことまでする必要があったのか、今でも疑問に思います。

弟は自分が父に風邪をうつしてしまったのではないかと、とても自分を責めていて、物置からしばらくの間出てきませんでした。

母はそれからしばらくの間、文字が全く書けなくなりました。

私はとても心配になり、母を1人にできず、文字が書けない母の代わりに、その後の様々な手続きをして回りました。

医療過誤で亡くなったため、弁護士にも相談をしたりして、情報集めのためにカルテを見せてもらおうと父がかかっていた病院から渡された物は、テレビで見たことがある黒塗りのカルテでした。

正直、父の死がきっかけで起きたことはまだまだ、書ききれません。

でも、あれからもう18年経って、その事自体への怒りの感情は全くありません。

父がいた事で保たれていたバランスの様なものが見事に崩れ去って、ボロボロになっていく家族を目の当たりにした時に「自分がしっかりしなきゃ」と思い、そこに対しての怒りは捨てました。

当時の医者も、当然、殺そうとなんて全く思っていなかったし、むしろ、治療のために行ったことも理解しています。

ただ、とても大きな後悔がひとつ。

きっと、当時の私が今ぐらいに知識や情報を持っていたら、注射という選択をさせなかったでしょう。

どの病院を選ぶかを、もっと慎重になっていたはずですし、風邪を引かないための生活を教えていたはずです。

たとえ何らか病気になったとしても、対処の仕方が全く違っていたでしょう。

当時の私にはその知識や情報がなかった…。

そして、今、世間は注射の話題でいっぱいです。

いったいどれだけの人がこの注射のことをしっかり調べた上で打つことを決めているんでしょうか?

打たなきゃいけないと思い込んでいる人はどれぐらいいるのでしょうか?

テレビや新聞などの報道で伝えられていることと、それとは全く異なった内容の情報を伝えている人達もいます。

世間とは異なった情報をいわゆるトンデモ論で片付けることは簡単ですが、そこを知ることで開けてくる道もまた存在しています。

私たちは選ぶ事ができるんです。

そして、その選択で方向を決められてしまうのは子供たちです。

彼らは考えを訴える術がなく、いつも大人が決めたことに、知らず知らずの内に従わされて、そうすることが、さも当たり前の事のように、自ら考えたり、選択する機会を奪われて大人になっていきます。

それってどうなんだろう…。

人と違う考えを持つことの何が悪いことなんでしょうか?

迷ったり、悩んだりしても全く問題ありません。

ただ同調することより、お互いを認め合っていく世界が広がればと思います。

私は父のことがあり、いろいろ意識するようになりました。

意識することで情報が集まって、勉強をすることで知識が身につきました。

知識がついたら、今度は選択をすることを学びました。

生きる上で大切にしていきたいこと、死生観のことなどを考えるようになりました。

今はきっと、そこに気づけるチャンスがたくさんあるタイミング。

今の世の中は冷静に考えてみるとおかしなことだらけですが、何年も経って振り返ったときに「あの時はこんなことがあって、みんなおかしなことしてたよね」と大声で笑い合える日が来ると心から信じています。

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