父から受け取ったもの

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1月は私にとって特別な月です。

以前投稿しましたが(https://chikyu-labo.com/18年の間に学んだこと/)、2003年の1月18日、私の父が風邪を引いて病院に行き、注射による急激なアレルギー反応で他界しました。

私は今年46歳になりますが、父は48歳で亡くなっていて、父の年齢に近づくにつれ、その大きさに気付かされます。

身長180センチ。

握力が100kg近くあり、空手をしていた父。

駅前で家族で待ち合わせをしていたらその筋の方(?)が前を通りかかり、軽く会釈をしていったことがありました笑

夜遅く帰宅をしていた際に車の後ろを暴走族に煽られた時には、信号待ちで車を降りて近づいていって…なんていうことも。

若かった頃は相当ヤンチャをしていたと思います。

体も屈強で、殺しても死なないような父親の命をたった一本の注射が奪ったのです。

いたずら好きだった父とは面白いエピソードがいっぱい。

製紙工場で働いていて、三交代制で働いていた時には当然夜勤もあり、私たちは学校から帰ってきたら怖い父を起こさないように外に遊び(家の前でもアウト)に行き、帰って来て、兄弟たちと母と食事。

父は時間になったら起きてきて食事をするというスタイルでした。

ある日、父が夜勤に備えて寝ている時に他の家族と夕食をとっていると、誰もいないはずのお風呂場から物音が…。

母はよほど怖かったんだと思います。まだ小学生だった私の手を握り、泥棒でも入り込んでないか風呂場の様子を一緒に見に行きました。するとそこにはなぜか電気を点けずに真っ暗な中、お風呂に入っている父がいました。

あまりの衝撃に腰を抜かしてしまった母と、大笑いしている父がそこにはいました。

このエピソードは母には大きな思い出だったようで、父が病院に運ばれた時にも「お風呂の時みたいにみんなを騙そうとしているに違いない」と現実を受け入れませんでした。

クリスマスが誕生日の私は、いろいろな方に、よく誕生日プレゼントが一つなんだねと言われますが、決してそうではなく、誕生日とクリスマスのプレゼントが両方いっぺんにもらえました。

それも、いつもお祝いの日は居間の襖が閉められてて、プレゼントの時間に父が襖を開けると、何もなかったはずの部屋に、兄弟3人分のプレゼントが並べられていました。

なぜ、誰にもバレずにプレゼントを並べれたのか、あの仕組みはどうなっていたのかいまだに分かりません。

本当に思い出は尽きないです。

医学の五代流派

父のことの影響もあり、私は物事を多面的に捉えるようになりました。

医療についてもたくさん調べ、そのことが今でも大変役に立っています。

医療にはもともと5つの流派がありました。

自然療法(ナチュロパシー)→食事や薬草、アロマやハーブなどで自然治癒力を高める

同種療法(ホメオパシー)→症状に類似しているパターンの「レメディ」という植物や動物、鉱物から作った小さな粒を使い自然治癒力を刺激する

整骨療法(オステオパシー)→整体やカイロプラクティック、鍼灸など手技によって不調を取り除く

心理療法(サイコセラピー)→カウンセリングによって不安や抱えている悩みにアプローチし、心の安定から身体の症状の改善に向かわせる

逆(症)療法(アロパシー)→痛みなどの身体的な症状を抑える

それらがこの5つですが、今の日本では医学と認められているのはアロパシーのみで、それ以外は非合法という扱いになっています。

「人は誰でも身体の中に100人の名医を持っている」という言葉を聞いたことがある方もいると思います。これは世界で最初の医者と言われたヒポクラテスの言葉です。

人間には自然治癒力があるので、熱が上がったりお腹を壊したりするのは、体内に侵入してきた悪い菌やウィルスを殺したり、体外に出したりする、人間本来が持っている力があるためです。

ところが、ここにアロパシーのアプローチをすると熱を下げたり、咳を止めることをしようとします。アロパシーは起きている症状を抑えるために投薬をしたり、治療を施したりするのです。薬で症状が抑えられると一見して体は元気になりますが、病気になった原因は内在したままで、根本的な治療とはなりません。根本的に治すには、原因に対してのアプローチをしていくことが必要になります。

では、アロパシーは必要ないのかというと、そうではありません。

例えば、骨折した方の場合、まずは骨をくっつけることが大切になります。ここまではアロパシーになりますが、なぜ骨折したのか、例えば骨が脆くなっていたり、筋力が衰えているということが原因なら、骨を強くするために食事療法など、ナチュロパシーやオステオパシーなどのアプローチをしてみたりすることも必要になってきます。

痛みがあるなら、まずその痛みを取り除くという手段も効果的であったりするのです。ただ、そうなった原因を見定めて、その原因に対してのアプローチを並行して行なっていくとより効果的になります。

ですが、今は、このアロパシーに偏りすぎてしまっているのが現状です。

ウィルスに対して「逃げる」や「抑え込む」ということ以外の選択肢が認められていません。まるで初めから全く無いかのように、人間本来の持っている免疫力は無視されています。私たちが体内に持っている100人の名医は、一体どこにいってしまったんでしょうか?

選択肢はいっぱいある

アロパシーに偏りすぎてしまっていることの原因の一つには「お金」があります。

根本的な治療をしないで原因を内在化することは、症状を抑えるために投薬を続けることに繋がります。新薬が次々と開発され、新しい病気が見つかれば、またそこに薬がつくられます。このことは大きなビジネスにも繋がり、ビジネスが回り続ける仕組みにもなります。

本来、ウィルスは変異するものであり、変異をすると感染力は高まるものの、宿主が生きていなければウィルスも生存できないので、弱毒化されていきます。このことは昔から分かっている事です。そして、これまでの歴史を見ても、私たちは菌やウィルスと共生・共存してきました。ウィルスや菌はこれからも無くなることはありません。その助けを受けて、生物は生きていて、地球も循環しているのです。

私たちは他にも選択肢があることに気づいてもいい頃ではないでしょうか?

そして、手遅れになる前に、一つに偏りすぎず、全体を見て心で決めていくことを大切にできたらと思います。

父のように

父が勤めていた会社が倒産した時、自分は後回しにして、数百人いた全従業員の再就職先を決めて、本当の最後の1人になってようやく自分の就職を決めるような人でした。

父の葬式には700人を超える方々にお越しいただき、亡くなった後も、街の中を歩いていると、見知らぬ方から「お父さんには大変お世話になったんです」と声をかけられることが何度もありました。

本当に…本当に偉大な人でした。

父が亡くなって、私は大きな使命をもらったような気がしています。

それから多くを学ぶ機会に恵まれ、いろいろな経験をさせていただいたことで、物事を俯瞰して見ることや、裏も表も両方見て落とし込むことの大切さ、他にもたくさんのことをもらいました。この世では会うことはできませんが、父にはいつも感謝の気持ちでいっぱいです。この感謝のバトンを、また次の世代へと繋いでいけるような生き方をしていきたいと思います。

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