令和3年の夏に想う

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少し前になりますが、6月に2泊3日で沖縄に行きました。

観光が目的ではなく、聖地巡り。

地球とそこに生きる私たちの安寧を祈ることが目的の旅。

その旅の途中で、不思議な体験をしました。

沖縄2日目の明け方近く。私は大きな声で目が醒めました。

「打って、打って、打ちまくれ~!!!!!」

何が起こっているのか、わかりませんでした。

同室の誰もその声は聴いていません。

とても大きな声だったにも関わらずです。

誰かの寝言なのか、夢なのかはわからなったのですが、

確実に聞こえたことだけは今もはっきり覚えています。

「私は何を打つの?何を打ちまくるの?」

その疑問が沖縄から帰ってきてからも、

ずっと頭から離れませんでした。

その声を聴いた日は6月23日の朝。

この日が何の日か、みなさんご存知でしょうか?

「日本人として忘れてはならない4つの日」が

宮内庁のHPに掲載されていますが、

6月23日は、その中の1日。

(宮内庁HPより)

正直、私は長年生きてきて、この日が何の日かわかりませんでした。

6月23日は沖縄慰霊の日

1945年3月26日、米軍が沖縄・慶良間諸島に上陸して沖縄戦が始まり、

同年6月23日、旧日本軍の司令官が自決したことで、

組織的戦闘が終結したとされています。

この戦いで、日米合わせて計20万人超が死亡し、

そのうち一般住民の犠牲者は推計で約9万4千人に上るそうです。

実際、現地では終結したことを知らずに、まだまだ戦っていた人もいたそうですが、

この6月23日を沖縄慰霊の日と制定したそうです。

自宅に戻ってから、沖縄在住のある方に、私の聞いた「声」のことを相談してみたところ、

「若くして亡くなった命が、我々の分まで長く生きてと言っている気がする。」

という回答が届きました。

その時、20代で沖縄に行ったときに訪れた

「ひめゆりの塔」のことを思い出しました。

自分よりも若い女の子たちが90人近く、

この濠で亡くなったという説明に衝撃を覚えたこと。

その空気感。時代を経てもなお残る記憶。

何も知らないで、たまたま行った日が沖縄慰霊の日であったこともあり、

もしかしたら、私が聞いた言葉は、

時を超えた戦争中の言葉なのかもしれないという思いが強くなりました。

それから、いろいろ沖縄戦について調べました。

沖縄戦では先ほど数字を挙げたように、

日本だけでなく、アメリカ軍の人的損失も大きく、

その後の日本本土侵攻作戦の方針決定に大きな影響を及ぼしたそうですが、

その背景には「特攻隊」の存在も大きいことを知りました。

いろいろつながってきます。

「お国のために」と自らの死を覚悟して、敵に向かって散っていった若い命。

「お国のため」にというのは、

「親や兄弟、自分の大切な人が幸せに生きることができる」国のため。

特攻隊の若者たちは、出征前に、その大切な人への想いを

遺書に書き綴っていたそうです。

どんな気持ちだったのか計り知れません。

ただ、覚悟を決めた隊員さんたちはみなさん前向きだったといいます。

いろんな想いを胸に押し込み死に向かう。

そんな人たちがいて、

私たちの今があることを忘れてはいけないと思います。

その遺書の中には、将来の日本が平和な世の中になるようにと願った

「未来の人」に向けた遺書もあるそうです。

言わば、私たちに向けての手紙です。

その貴い命に、「おかげさまで平和な世の中です」と、

私は胸を張って言えるのだろうか?改めて考えさせられます。

少し話は変わりますが、「正義のための戦争」という「正論」を

耳にしたことがあると思います。

悪に対して、正義を掲げて戦いに挑む。

「正義」はとても素晴らしい言葉のように聞こえますが、

実はとても危険をはらんでいます。

お互いの「正義」がぶつかることで、「敵」や「悪」を生み出し、

「対立」を生み出すからです。

現代の日本は、ありがたいことに大きな戦争は起こっていませんが、

正義をふりかざす人たちであふれかえっています。

「正義」の数だけ「悪」が生まれ、ふり幅が大きくなるほど、

危険と隣り合わせのような気がしてなりません。

お互いが「正義」であり、

立場が変わると、お互いが「悪」なのです。

これでは「和」は生まれません。

その勢力バランスが取れなくなった時が

最も恐れるべき事態となるような気がしていて、

そういう意味で「平和な世の中」とは言い切れない自分がいます。

不思議な体験から戦争について考え、

そしてその目で「今」を見ることで、

自分自身の命を活かすために、

何を感じ、何を思い、何を考え、何をすればいいのか?

今一度考える、いい機会をいただきました。

この夏ほど、戦争について考えたことはありませんでした。

重いテーマだし、

調べれば調べるほど情報量が増えてまとまらないため、

コラムにまとめるのは難しく、

別のテーマに変更しようかと何度も思いましたが、

このことは、やはり伝えたいと思い返し、何とか形にいたしました。

学生の夏休みの宿題のような作文となってしまいましたが、

自分の中で風化させないためにもここに書き残そうと思います。

拙文にも関わらず、最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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